織の道具

両手が離せる洋式糸車 長い繊維の糸紡ぎと紡いだ糸の撚りかけ撚り合わせに使う。

ポーランド、クロムスキー社の縦型紡毛機。勢い良く踏み込むとがたつくけれど

コンパクトなのがお気に入り。大急ぎでより掛けるときはさすがにぽんぽん飛び跳ねるので

柱に縛り付けていた。

洋式の道具と和式の道具が入り交じっているとなにかとややこしいが

小枠に糸を巻き取る座車だが

 

洋式糸車のボビンの穴のサイズが同じだった。

 

写真はくらくてわかりにくいが,お尻にちょうどいい穴が二つ

金具がちょこっと引っかかってちゃんと回る。

 

 

 

 

心して

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ようやく三分の二くらいは終わった。
どんな感じになるのか白い襟と合わせてみる。
目になれすぎて、良いのか悪いのかわからなくなっている。
それほど悪く無いけど、それほど良くも無く。
初志貫徹しないから、こういう事になる。

焦げ茶の縞(実は経絣)は無くても良かった。
(この糸が切れまくって足を引っ張る)
白い格子も経縞だけで良かった。
寄り道しても、結局のところ
はじめに思い描いていた物を追いかけている。

樟の木の色は、少しあせてしまった。
媒染剤のせいだと思う。
樟木の染、はたして樟脳の効果は残っているのか?
桜からの色は強く残った。

糊を落とすまではまだわからない。
紡いだ糸の太さはどうか、撚りはどうか。
織密度はどうか、風合いはどうか。

乾燥対策メモ
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行き詰まったら



地機の織は少し置いて、高機の方を織り上げよう。糸切れの対処に、地機で教わったように織りながら糊を引く事にする。糊はさらさらとしていて、あとで落ちやすい(らしい)フノリ(布海苔、布糊)を使う事にする。ときどき竹筬に椿油を薄くひく。頻繁に起こっていた糸切れの回数が減り、とても織りやすくなる。

織りやすくなったのは、それだけでもない。地機を手に入れて織り始めた事で、高機に地機の様な織上がりを求めなくなったのか。。いや、そんなつもりは無かったのだけど、こうであってほしいと言う気持ちが、必要以上に経の張りを甘くし過ぎてかえって、状態を悪くしてしまっていたのではと思う。地機を織ることができるようになって、高機は高機が得意なように織れば良いという、当たり前のところに気持ちが落ち着いた。長い期間、むりを強いていたのかもしれない。

行き詰まったらいったん放置して、違う事をしてみよう。

犬の穴堀は、たいてい、行き詰まる前に止めさせられる。

隣人~となり人

年末になっていつもは閑散としているお寺に、人々がお供え物を持ってこられます。
うろうろしていると来訪の声も聞こえないので、玄関のついたての後ろでせっせと糸を紡ぎます。部屋の天井には、とうとうはじける事が出来なかった綿が枝ごとドライフラワーみたいにぶら下がっていて、その下にはもうじき糸が掛けられるたたみ一畳ほどの大きさの焦げ茶色にすすけた機がでんと。

「良いご趣味をお持ちですね」と、言われるたび「ご趣味」と言う言葉に毎回つまずいてしまうのは、染める事も織る事も趣味だと思った事が無いから。かといってこれで稼げている訳ではないから、やはり「ご趣味」なのでしょうか。しかし、農家に生まれ育って小さい頃にしかられながら機仕事の手伝いをしたことが有る70代80代のおばあさんたちはちょっと違ってて、「奥さんは良い手を持っているから」と言われるたび、半人前の手は恥ずかしさに引っ込んでしまうのです。懐かしさと、その仕事の気の長い大変さをしみじみ思い出すように古い道具を、哀愁に満ちたまなざしで眺めて、繭から糸を引きお嫁入りの反物をこさえてくれた母の事を懐かしげに聞かせてくれたり、両親が農作業で忙しい間に経糸を綜絖に通す作業をまかされるが、通し損なってしかられた思い出を話してくださるのです。

私のしごとを、血筋では次の世代に伝える事は出来ないけれど、私が此処に居て、染や織をしていたと言う事や、様々な道具の事を、縁有ってとなりに居た人々が覚えていてくれればそれでいいと思ったりします。

こんな事を考えてみたのは「となり」の概念について書かれたものを読んだからです。最近は滅多に行かない本屋ですが、まっしぐらに目的の本の場所にたどり着いて、ふととなりを見るとそのジャンルとは全く関係ない本が置かれていたりすることがありますが、気に入った本が有ると、著者買いをする私にとって、この本が探していた本の著者に深い関係のある本だったりすると、また違った興味が広がったりしてうれしくなる事が有ります。まあそんなふうに、滅多に行かないお寺で珍しい光景や、モノにに出会ったなんて言うのもいいかなあと思うのです。

お寺に来た当初、暖簾ばかり毎日染めていたのですが、暖簾と言う言葉が元々は禅宗の用語だったことを知り、「ご縁なのだわ」と何やらうれしくなったものです。昔ながらの料理も暮らしのいろいろな事も和尚さんの作務衣も藍染めの衣も網代の傘に塗る柿渋も、染や織をする私には関わり深いものでした。そんな私なりの「となり」が、そのまた「となり」に関われたら楽しいだろうなぁと考えています。