端午の節句のあれこれ

3日の夕方、ススキも無い。蓬も無いので川辺に採りに行った。(菖蒲は檻の中で安心)本堂の御仏花のも合わせて15把ほど作ったのに全部屋根に投げたそうな💢。。ちょっとプンプンと怒ってしまった。でもこんな高いとこによく投げ上げたね。もう怒らんとこ。

花の咲いた菖蒲のスッと伸びた立派なのを残しておいて生けてみた。茎は下からずっと葉に包まれて、と言うより葉のような茎?葉の途中から顔を出す、菖蒲の花。凛として清々しい。

川に着く前に山帰来(サルトリイバラ)の葉を見つけたのでお餅用に採取する。去年は庭のを使ったけど、今年はまだ葉がちっちゃかった。そうそう、前もってお餅用の発酵あんこを作っておいた。でも、私、甘酒が苦手だった。たべにくいので普通のも作る。何か混ぜれば食べられるかな。。。

久しぶりにパンを焼く

干しぶどう酵母やら、サワー種やら色々試したけど、発酵不足や過発酵だとか、苦労した割には美味しいパンにならないのでしばらく焼かずにいたのだけど、急に食べたくなって焼いた。以前に買ったドライイーストは何を思ったか500gも買ってしまい、このパンを焼くのに1gしか使わないとなると500個も焼かねばなくならない計算になる。一年に毎日焼いても(そんなことはあるはずもなく)消費するのに1年半近くもかかる計算。なんてことだ。。。しばらくはドライイーストで焼くとしよう。砂糖入れていないが、モルトシロップを少し入れただけでいい香りのふっくらしたパンになった。ところでルビー天火(テンピ)は火加減がむずかしい。今回は強い焼きが足りなかった感じ。柔らかいのが好みな人はでこれで良さそうだけど、私はもう少しバリッと硬く香ばしいのが好み。「こねないカンパーニュ 」は簡単でそれも良いのだけど、少し物足りない食感。今度はもう少し伸ばして畳むを繰り返してみよう。火加減ももう少し強めに。粉はフランスパン用のものと全粒粉とライ麦を使用。

*カンパーニュ* 〔材料〕 準強力粉 200g 全粒粉 30g ライ麦粉 20g インスタントドライイースト 1g モルトシロップ 1g 水 165~170g 塩 4g

このパンの作り方はこちら。

https://youtu.be/JuRJL0eDTTU

酢芋茎(すずいき)の支度

達磨忌も終わって気が緩んだら歯が痛み出して、その後あっちこっちも痛み出した。とにかく歯医者に行くと奥歯を一本抜くことになった。芋茎をたくさんいただいていたのにそんなこんなでようやく仕事にかかったのは今日。外は大荒れですごく寒い。時々道に落ちた銀杏の実をほうきで掃きに外へ出たりしつつ、一本一本薄皮を剥いてゆく。

むき終えた後は程よい長さに切りそろえて酢水につけて少しアクを抜く。酢水に漬けるとえぐみが抜けやすいらしい。触るとかぶれる人もいるらしいが、幸い芋茎にも、銀杏にもかぶれなくて助かる。

今夜か明日には酢芋茎に料理しましょ。

カテゴリー 食

年末〜銀杏まみれ

年末の恒例行事。ミニミキサーで回したところだけだけで簡単そうに見えるけれど、前後色々と力仕事をやってる。だけどこれのおかげで随分と助かってる。これだけ洗うのに一人でも2時間ほどで出来るのだから。しかもストレスがほとんど無い。綺麗になったものを2日ほど水にさらしてから干す。

匂い?、実は最初から違和感がなかった。フルーティーなトロピカルフルーツみたいだって思ってた。それに素手で触ってもかぶれることもない強い皮膚を持っている。

自然の大木なので、銀杏が自然に落ちるまで待つと、よく熟して翡翠色が少なくなって黄金色になっていくらしい。翡翠色のは褒め称えられるけど、黄金色はあまり褒めてもらえない。けれど、どこかの銀杏屋さんが「翡翠色、黄金色、それぞれ違った美味しさがある」と書いていた。そうよね。色とか大きさとか、もうあまり考えないことにしよう。けれどもこんなに必死に洗っても食べるのにも面倒な銀杏は(それにたくさん食べられないし)だんだんありがたいと思われなくなってきた気がする。。。。。ああダメダメだ。。そんなことも考えないことにしよう。無心に黙々と洗い切ることだ。ざっと見積もってこの7倍ほど残ってる。

今年は数がとても多いようだ。もっと忙しくなるまでに、全部洗い切ることに専念しよう。そしてお年玉がわりに配った後は全部皮をむいて、冷凍するとしよう。

2018らっきょう漬け

6月20日 らっきょうを10kg頂く

6月23日 樽でよく水洗いして外れた表皮は取り除く。時々かき混ぜて下漬け2週間くらい。

(らっきょう10kgに対して塩1500g、水7Lをよくとかしておく。)

7月9日 夕方流水で塩抜き始める。24時間以上。

7月10日 夜 熱湯で殺菌10秒冷めてから瓶につめて。鷹の爪を入れ甘酢でひたす。

(市販のらっきょう酢と、準リンゴ酢を甘酢にして混ぜる)

 

小豆粥

美味しそう。。正確には「小豆芋粥」

小正月には小豆粥を必ず。でも小正月でなくてもよく作る。

赤崎公民館便り1月号に載せる小豆粥の写真を必死で探していた

作って撮影すればいいのだけど、最近の写真、昔ほどうまく撮れない。

昔の写真は、気合い入ってたなぁ。。ほどほどの小豆もいい。

最近欲張って小豆をたくさん入れるから粥がすごく赤くて写真映えがいまいちだし。

Wikipediaの小豆粥を見ると色々面白いことが書かれていた。

宮中で食べられていた七種粥はここのところ毎日白米に混ぜて炊いている雑穀米の材料とほとんど同じ。

材料はいつもあるしすぐに作れる。贅沢なことだ。

 

Wikipedia 小豆粥

小豆が持つ赤色と稲作民族における呪術が結び付けられて、古くから祭祀の場において小豆が用いられてきた。日本の南北朝時代に書かれた『拾芥抄』には中国の伝説として、蚕の精が正月の半ばに糜(粥)を作って自分を祀れば100倍の蚕が得られるという託宣を残したことに由来するという話が載せられている。

中国においては、古くは冬至の際に小豆粥が食せられた。後にこの風習が発達して12月8日には米と小豆ほか複数の穀物や木の実を入れた「臘八粥」(ろうはちがゆ)というものが食せられ、六朝時代の中国南部では1月15日に豆粥が食せられた(『荊楚歳時記』)。これが日本に伝わって1月15日すなわち小正月の朝に小豆粥を食するようになったと考えられている。『延喜式』によれば、小正月には宮中において米・小豆・粟・胡麻・黍・稗・葟子(ムツオレグサ)の「七種粥」が食せられ、一般官人には米に小豆を入れたより簡素な「御粥」が振舞われている。これは七種粥が小豆粥に他の穀物を入れることで成立したものによるとする見方がある。また、紀貫之の『土佐日記』によれば、承平7年(935年)の1月15日(小正月)の朝に「あづきがゆ」を食したという記述が登場している。江戸時代には15日すなわち「望(もち)の日」の粥という語が転じて「餅(の日)」の粥と解せられ、小豆粥に餅を入れて食べる風習も行われるようになった。今日でも地方においては正月や田植、新築祝い、大師講などの際に小豆粥や小豆雑煮で祝う風習のある地方が存在する[1]。大師講が行われる11月23日(現在は12月23日)にはそれぞれの家で長短不揃いのカヤの箸とともに小豆粥が供えられる。大師様が小豆粥を食する際に用いたと考えられた箸は、地方によっては講の後に魔除けや子女の学問・技術の向上のまじないなどに用いられた。

美方大納言小豆

兵庫県の但馬地方にある美方郡香美町・新温泉町。 棚田での栽培が多いため、大量生産は難しいが、昔ながらの手まき、手ぼり、手よりによる栽培が行われている。