演劇と文化芸術と私と公民館

ブログの整理をしていたら、去年の2月、人類初めてのコロナ禍の襲来に世の中が右往左往し始める頃に書いてそのままになっていた江原河畔劇場設立プロジェクトの記事を見つけた。この頃はFacebookやTwitterで記事をシェアて応援していた。最近すこし遠のいたのは、コロナ禍のせいかもしれない。

ついこの前の豊岡市長選で演劇の街を進めていた中貝市長が落選し、「演劇なんていらない」をスローガンに掲げた新しい関貫市長が誕生した。正直言うと、新しい市長の言いたいこともわからないでもなかった。それは、公開討論の中での発言のなかにも見られた。

>豊岡市長選へ2氏が公開討論 コロナ対策 演劇のまちづくり より

中貝氏>最後は市民のプライドだ。世界中から評価されれば、自分たちのまちに対する誇りが生まれる。——世界有数の演出家たちが日本、豊岡にやって来る。世界的に活躍する劇作家が移り住んだ、それにひかれて多くの人たちがやって来る。日本中から学生が来た大学ができた、それが豊岡が素晴らしいことだ、それが誇りにつながるんだと思う。

関貫氏>まちに対する誇り「うちのまちはこんな立派な人がいるんだぜ」ということが本当に良いことなのか。誇りっていうのは自分自身が持つものだ。それと先ほど農業者の誇りを言われたが、それは農業者の方のなりわいが、誇りを持たせている。演劇のまちをそこでやったって、「すごい人が来たなあ、すごいまちだなあ、僕は誇りに思う」ってことは僕は絶対に思わない、皆さんもそうだと思う。だからその誇りっていうのは、表現の仕方とその内容が違うってのをご理解いただければと思う。

この会話。まさに私も常にモヤモヤとした思いを感じるテーマだ。平田オリザさんの講演を何度か聞いて、演劇についての見方が変わった。でも大事なことは上に書かれたようなことではなかった。それはジオパークの講演会で鳥取環境大学の新名阿津子氏の講演を聞いたときに感じた疑問にも共通することだった(内容についてはまた記事に書こう)。


2020年2月14日

——芸術施設というのは無くなってみて初めてその寂しさがわかる。学校も同じ。当たり前のようにあるのだけれど、無くなるとなると皆大事にする。—— 平田オリザ

でもね、一旦無くなると、取り戻すのは容易じゃないし大事なことも忘れてしまう。

● 江原河畔劇場設立プロジェクト「平田オリザ ロングインタビュー Vol.2 Vol.1」

江原河畔劇場公式WEBサイト

●赤崎地区公民館(新温泉町)のこと

小学校区が廃校になり校区が二つに分けられ、その後保育所もなくなり、残った建物は地域の避難所兼公民館としてかろうじて存続している。活動の中心となっているのは持ち回り任命の公民館長で、それもなりて不足で一旦受けたら次に回せず、引き受けてもう5年にもなる。文化祭も2度開催して、運動場の横に小さな公園もできたけれど、ちっとも人が集まらない。「無くなって寂しい」という声も、今ではすっかり聞こえなくなった。ただでさへ少ない子供たちの校区がバラバラになってしまっては、4集落の活動もまとまりようがない。それならばと小さな地域にとどまらず、町内共有の「場」として使えないかと模索していろいろ提案もしてみたが。。。ほとんど反応がない。もう力尽きたゎ。へき地保育所の可愛い建物の時計は、今も寂しそうに時を刻んでいる。

赤崎地区公民館のHP

●染織を活かしたい

2004年(平成16年)3月赤崎小学校が廃校になってすぐ、古い校舎で染織活動をさせてもらえないかと町へ相談を持ちかけた。きっかけは、その頃農家の蔵に眠っている古い織り道具を探していた私に「小学校に寄付した織り機があるから、壊される前に譲ってもらいなさい」と隣村のおばあさんに教えてもらったことだった。

新温泉町の温泉地区、浜坂地区とも小規模ながら、昔から農家の副業として養蚕や麻の栽培が行われていた。農家の蔵には織り機や糸車が有った。豊岡の柳行李の麻糸には照来の大麻が品質が良く重宝されたこと。麻実(おのみ)用に栽培した大麻を湯村の荒湯や河原でで茹で、農作業や行事に欠かせない麻縄やおがらを作ったこと。養蚕用の桑畑がたくさんあり、戦時中は集めた枝を小学校に集め親子総出で皮むき作業をして、繊維用に軍に供出したこと。野生の苧麻のヤマオを採取したこと。子供は『機ごしらえ』の戦力で、夜なべで織り機に経糸をかける作業が辛かったこと。着物を裂いて農作業用の半幅帯を織ったことなど、お年寄りからいろんな話を聞いた。この土地で今やもう忘れ去られそうな「染め紡ぎ織り」の手仕事を伝える場所を作りたいと思った。

苧麻・大麻の繊維
裂織りの半幅帯

    

その頃、各地で廃校の建物を利用して芸術文化の拠点とする動きがそろそろ出始めていた。町の担当課に連絡をして、建物の中の様子を見学した。一階は時折バンドの練習に使われていた。二階の理科室は水道設備もあり染色にも適していた。染織工房の内容や地域の人への染織教室の計画などの概要を口頭で説明し、寄付された織り機の所在も含めて、何かしらの答えを待っていた。必要とあれば書面にて計画書を提出する準備もできていた。町からの返答は、地域住民であっても個人には時間貸し以外は貸せない。織り機の所在はわからない。という簡単な返事だった。もう少し計画について話を聞いて欲しかったが、託されたおばあさんの織り機の所在も分からないままで、それ以上聞かれても答えられないといった風だった。そうこうしているうち小学校の校舎は取り壊された。

このことがとても残念で、しばらく町には関わらないことにした。時が経ち2015年に公民館長を託されたとき、「そろそろ地域の役に立つことを、、」と思うも、公民館長は広い分野で動かなくてはならない。人を集めたり中心になって動くことは得意ではなく、とても悩んだけれど、もしかしたら10年前に考えていたことを、その一部として実現できるかもしれないとひそかに考えていた。

染織の仕事はこつこつと孤独な作業だけれど、黙々とした一人仕事は性格に向いていた。震災後に故郷に帰ることを決めた時も「仕事は自分で作る」と決め、京都の染屋さんの伝手を頼りに、受注生産で麻の暖簾作りを始めた。仕事を始めたのは旧赤崎校区の和田地域の空き家。これが染織工房「染屋織屋」の始まりだった。たまたま、帰郷して2年目に赤崎校区のお寺に嫁いだことで、「染屋織屋(のちそめやおりや)」の活動が、赤崎地区公民館の活動に活かせるかもしれないと喜んだ。今振り返ると、京都での紆余曲折した染織の学び、故郷での制作活動から始まった染織への探究は流れるように自然とこの場所にたどり着いたことが何よりもうれしかった。

● 公民館のしごと

ただ、実のところ今の公民館の仕事はほとんど誰も重要なことだとは思っていないのではないかと感じた。のっけから「ほどほどに、適当に、頑張り過ぎないように」と言われていたし、公民館だよりも読んでいる人はほんのわずかに思われた。役のなり手がないから誰でもよかったのかもしれない。しかし受けたからにはほどほどで済ませられる性格ではなく、「はい、やらせてもらいます」と言いながら、いろいろ大変になるだろうけど覚悟しときなさいと、自分に言い聞かせた。なぜ言い聞かせたのかというと、15歳もゆうに過ぎた4匹の猫たちのことが脳裏に浮かんだから。心配した通り、公民館長になって最初の秋、人生の友とも言えるシャム猫のこげが一番先に亡くなった。生き絶えて床に落ちた時、尋常ではない大きな音が聞こえたのに、徹夜に引き続き藍染指導の後、帰るなり疲れ果てて起き上がれず、数時間冷たい床に放置してしまった。初めての文化祭の準備のことや揉め事で、いっぱいいっぱいの頃だった。一年たってもその名前を口に出せず、二年目には他の猫も次々に逝ってしまった。

3年も過ぎたころには色々慣れてきて、毎年繰り返される同じ行事の報告と、同様に同年ほぼ内容の変わらない「公民館だより」の記事は、雛形をなぞるように簡単にできるようになり、ちゃっちゃと進んでいく。けれど、このような状態で続けるわけにはいかないと毎回感じていた。

5年経った今も相変わらず公民館は閑散としている。立地も集落からは離れており、日常で使うには不便だ。校区をまとめる地区公民館は赤崎においてはもう存在意味が無いのだろうか。お年寄り中心の集落ごとの活動は便利な村の集会所で行い、わざわざ不便な場所に出向く必要もない。反面、若い世代は校区が統合されて、地域とのつながりが重要ではなくなり、子供と村のつながりが希薄になってしまった。若い親たちも交流範囲は広がっていて、祭事以外では集落ごとに集まる必要もなく、ましてや無くなってしまった「校区」の「赤崎地区公民館」にどんな存在意味があるのだろう。町の合併や学校の統廃合が行われて、町の枠組みは変化した。さらに人口の減少によって、小さな地域の伝統行事の担い手不足も生じている。伴い公民館の枠組みやあり方も変えていくべき時だと思う。

● 赤崎小学校と子供達との思い出

廃校になる前の赤崎小学校の小学生たちはよくお寺に遊びに来ていた。複式学級だったので大きい子が小さい子の面倒を見ながら登下校をしていた。学校から帰るとお寺の庭でバトミントンをしたりその頃いた犬の散歩をしてくれたり、庭は苔が育つ暇もなくツルツルだった。

春には桜の下でままごとをしてあそび、夏には写生をしたり蝉取りをしたり、秋は色づいた落ち葉を集め、冬は本堂の屋根から落ちた雪の山で日が暮れるまで遊び呆けていた。学校には森の中に先生と保護者と子供が力を合わせて作った「わんぱくの森」があり、大人も子供も、みんなその場所が大好きだった。町の学校であれば夕方まで校庭で遊べるけれど、人里離れた山の学校では様々な山の動物がやってくるからそうはいかない。下校後にお寺で遊ぶ子供も多かった。「お寺はわんぱくの森みたいで大好き」と言ってくれて、ちょっと嬉しかった。

登下校の山道には様々な植物が見られ、子供ながらに自然のことをよく知っていた。川でも海でもよく遊び、生き物のこともよく知っていた。大人になった今も絶滅しそうな川の生物を育て川に戻している子もいるらしい。近年学校の先生までも、ニラと水仙を間違えて食べさせるといった、考えられないような事故が聞かれるが、それくらいの違いは子供でも知っていたし、町育ちの私は子供たちに教わることも多かった。

危ない場所もあり、子供が遊びに来ると安全には特に注意していた。出入り禁止の染物の仕事場を覗いては質問を浴びせて困らせた。私が忙しく放っておくと遊びのネタも尽き、「おばちゃんなんかやることない?」とせがむので、クレヨンと画用紙を用意したり、栽培した綿の種取りのやり方を綿繰り機を使って教えたりした。子供の希望で自由研究で藍染の体験を指導した時は「授業での発表を聞きに来てください」と、手作りの招待状をもらい、一人だけの招待に、もじもじしながら初めて授業を参観した。それが最初で最後の赤崎小学校との関わりだった。思えばこの頃が「私の公民館活動」の始まりだった。

本堂の階段でお絵描きする子供達
小学校グループ研究の藍染講習
綿くり機

  

廃校になり、遊びに来る子供の数も徐々に減っていった。子供は外で遊ばなくなり、庭の苔は踏まれることもなくモコモコと緑の絨毯を敷き詰めている。今遊びに来るのは猪と鹿だけだ。

赤崎地区公民館の建物は今、ほとんど遊んでいるけれど自由には使えない。町の持ち物で、災害時の避難所であり選挙の投票所となる公共の場所だからだ。ただ、常に空っぽな状態ではもったいない。教育の現場では複式学級の良さなども語られているので、赤崎小学校の歴史を振り返ることはより良い未来の教育を考えることにもなるのではないだろうか。老朽化は進んでいるが、ステージもある体育館と、公園と運動場を持つ静かな山の中の公民館を、町内・町外にも開かれた「文化の交流の場」にする方法を探し続けている。

●これからのこと・たいせつなこと

兵庫県立の国際観光芸術専門職大学プレカレッジでの平田オリザさんの講演、城崎国際アートセンター、平田オリザさんの劇団を引き連れての豊岡移住、江原河畔劇場設立プロジェクトなどに、たくさんの刺激を受けている。演劇については、京都時代には周りに演劇関係者がたくさんいたはずなのに積極的に観に行った記憶がない。一度だけ小さな劇団の舞台衣装のための布の染めを受けた記憶がある。が、それも一度きりで終わった。先ずは想田和弘監督のドキュメンタリー『演劇1・2』を鑑賞した。未知の世界に一歩踏み込んだ感じだ。

北海道新聞に掲載された「憲法と文化政策」という講演の記事の中で平田オリザさんは ——自分達の文化や誇りに付加価値をつけていく「自己決定能力」こそが住みよい街づくり、よりよい人生をつくる要になる—— と述べられている。豊岡のコウノトリへの取り組みは、地域の人々が力を合わせ、長い時間をかけて困難と向き合いながら地道に切り開いた優れたお手本だ。揺るぎない理念のもとで誇りと付加価値を手に入れた。そして、周辺に様々な分野の人が集まり、コトが始まり、モノが集まりつつある。ここで大事なことは、周辺の町村は、少なからず受ける波及効果だけに飛びつかず、何がそれを作り出したのか、何が大切なのかを見逃してはいけないということだ。

日本中が観光とインバウンドで沸いている。ジオパークや世界遺産で有名になったりすることで、観光客が増えたり、外国人に人気だったりするコトが良いことのように言われることに、私は少し違和感を感じている。観光地にはアニメが溢れ、嗜好性の分かれる現代アートが公共の場にシュールに乱立している。

色々なものがあってもいい。全て否定しているわけではないけれど、どこへ行ってもあまりにも同じようなものばかりで、以前の『ハコモノ行政』再来ではないかと思わせる事例も少なくない。

でも本当にこれでいいのだろうか。お金は大事。でもお金は目標じゃない。ジオパークに認定されようが、世界遺産になろうが、人に認められようが、有名になろうがなるまいが、それよりずっと前から、「私の大好きと誇らしさは、ここにある」そういうものを大事にしたい。

田井からひとさか峠を越える

突然「ピュー」と大きな声がきこえた。窓を開けて向かいの山の斜面に目をこらすと、大きな雌鹿がこちらを向いてもう一度鳴いた。「ハーイ、どうした?おおきいなぁ」と声をかけると、白い大きなハートのお尻をこちらに向けて山の上方にゆっくり飛び跳ねていった。

雌鹿の居た斜面

昨年義母も実母も他界した。残された父は、少しの手助けだけで今はなんとか自立して暮らしている。今ようやく、5年の間に集まった資料や本の山を片付けて、足の踏み場もなかった小さな織の部屋を片付け始めた。すっかり止まってしまった染織に向かうべき時だ。


さて、一周忌もコロナ禍で簡単に済ませた三回忌も簡単に済ませることになる。

4月19-20日『順徳院姫宮消息装飾経』調査のこと

今年に入ってから日記をつける機会を逃していたので大事な出来事を記録しておくことにする。

2018年末に『順徳院姫宮消息装飾経』調査依頼のお便りをいただいた。消息装飾経といわれるものは数多く現存しているが、はるばるスコットランドから不便なこちらのお寺にも調査に来ていただき本当に感謝している。良い機会なのでお手伝いがてら自身も勉強させていただいた。当初20日の午前中で調査を終える予定を組まれていたが、消息経が8巻もあること、さらに別に2巻計10巻も有ることで急遽19日の夕方から調査を始めることにした。保養荘の宿泊もなんとか確保して夕方6時より始めて保養荘門限ギリギリの10時終え、20日は午前8時より撮影を開始し、お昼頃発の京都行きの列車になんとか間に合った。以下赤崎地区公民館だより4月号より。

楞厳寺にて、Dr Halle O’Neal、Syouun Nikaido、Kaori Oikawa
左から Dr Halle O’Neal、Syouun Nikaido、Kaori Oikawa

英国スコットランド エジンバラ大学で日本文化を研究されているハリー・オニール博士(Dr Halle O’Neal)と、アシスタントおよび通訳として英国ウェールズ アベリストウィス大学、及川香(おいかわかおり)教授のお二人が楞厳寺へおいでになりました。

ハリー・オニール博士は神戸大学、百橋明穂(とのはしあきお)名誉教授の下で文部科学省の奨学金を受け日本美術史を学び、2018年夏、ハーバード大学出版より日本の仏画に関する本[『Word Embodied The Jeweled Pagoda Mandalas in Japanese Buddhist Art』を出版され、そして、次の研究として中世日本における消息経に関する研究論文の調査のため来日され、楞厳寺では、順徳院姫宮消息装飾経の調査が行われました。

経文の背後にちらほらと現れる美しい「かな文字」に、思わず感嘆の声が上がります。無作為に散りばめられた文字の端に「うれし」(たぶん。。)という文字を見つけた時、経文に隠れたその後ろに一人の女性の姿がおぼろげながら見えてきた気がしました。『順徳院姫宮消息装飾経』については昭和53年発行「写真でつづる楞厳禅寺」、56年発行「楞厳禅寺随想」が発行される前、何日もかけての写真撮影が行われました。写真撮影により解読が進むかと思われましたが、それから半世紀近く経った今もまだ実現していません。ハリー・オニール博士のこの調査研究は「中世日本における消息経に関する論文」として先の本と同じハーバード大学出版から刊行される予定だと伺いました。これをきっかけに日本でも幅広い分野での研究が進むことを願っています。

また今回、かな文字とともに背景に描かれた草木の水墨画も見ることができました。芒、女郎花、熊笹、松などの水墨画に銀彩が施されています。特に芒の繊細な葉の動きは雁皮の繊維と同じくらい細く細密に描かれています。銀が変色していないのも不思議でした。銀彩がはっきり見えるように画像を加工していますので少々ギラギラしていますが、実際は背景にもっと沈んで見えています。金界の幅は約22mmで、227mmの高さに17文字書かれています。実際の大きさと穂先18mmの面相筆と比較してみるとその線の細さがよくわかります。

 

おまけ

私もご一緒に記念撮影。4人で手分けして全て写真撮影を行い、ハリー博士は背中と腰を痛め、及川先生も通訳と撮影準備でへとへと、和尚は撮影後の巻物の巻き戻しに必死。せめてお寺の奥さんは食事の準備でもすればよかったと思いつつわたしもへとへとで、3人でコンビニへ向かう。おまけにハリー博士にお弁当をご馳走になるというオチがついた。またいつかゆっくりとおいでください。今度は田舎料理をぜひ。

クレーの日記

 

『クレーの日記』が届いた。

最近少し何もかも滞っている。最近って。。。ずっとなんだ。

松岡正剛の千夜千冊を読む
1035夜 『造形思考』パウル・クレー

——さてさて、もし諸君のアタマの中でデザインや編集が進まないというのなら、一度、パウル・クレーに立ち戻ってみるとよい。目からウロコがはがれ、脳のスダレがあがるだろう。それがどうしても面倒だというなら、パソコンを切り、部屋の電気を消して、アタマの中に30分前に浮かんだことをトレースしてみることである。——

 

パウル・クレー・センターで手帳に書き留めた、クレーの使っていた手作りの道具たち。

2006年1月11日 絵描きの道具

: ミハイ・チクセントミハイ: フローについて | TED Talk

――ミハイ・チクセントミハイは問いかけます「人生を生きるに値するものにするものは何でしょう」お金では幸せになれないと気付いた彼は、「フロー」の状態をもたらす活動の中から喜びと永続的な満足を見出している人たちを研究しました。――

 

This talk was presented at an official TED conference, and was featured by our editors on the home page

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ミハイ・チクセントミハイ著『フロー体験 喜びの現象学』世界思想社 (1996/8/1)

第1章 幸福の再来

解放への道

>この単純な心理——意識の統制が生活の質を決定する——は遠い昔、実に人間の記録が存在する限りの昔から知られていた。——中略——しかし人間が数千年もの間、自由になる方法、自分の生活を統制する方法を知っていたということが事実ならば、なぜその方向にもっと進歩しなかったのだろうか。

>第一は、人が意識を自由にするのに必要な知識——または知恵——は蓄積されないということである。——中略——どうすれば良いかを知るだけでは十分でない。競技者や音楽家が理論として知っていることを実践し続けねばならないように、実行し続けなければならない。

>第二に、意識の統制の仕方についての知識は、文化の状況が変わるごとに再定式化されなければならないということである。——中略—— 本質的でない要素とこれらの基本的な要素とが区別されないと、自由への道は荒唐無稽な儀式の茨に覆われてしまう。儀式的形態が本質をしのぎ、探求者は出発点へまた戻らねばならない。

>意識の統制は制度化できない。それが一つの社会的規則や規範になった途端、当初意図されていたような有効性は失われ、不幸なことに常軌化が急速に進行する。フロイトがまだ生きているうちに、抑圧者から自我を解放するためのものだった彼の研究は固定したイデオロギーに変わり、厳密に体型づけられた専門職業に変わってしまった。マルクスはさらに不幸だった。経済的搾取という暴君から意識を解放しようとする彼の意図は、間もなくこの哀れな創始者をもたじろがせるような抑圧の体型へと転化した。そしてドストエフスキーその他の多くの者が認めたように、もしキリストが中世に再臨し、解放についての彼の教えを説き諭したとしたら、彼の名のもとに世俗的権力を築いた教会の指導者によって、何度も十字架にかけられただろう。

新しい時代ごとに——おそらく世代ごとに、または我々の生活状況が現在のように急速に変わるなら数年おきに——意識の自立の確立に必要なことがらについて最高し、再定式化することが必要になる。

リヨンと養蚕秘録

 

昨夜はほっこりしながら、以前NHKで見たリヨンの光の祭典 (Fête des Lumières) の動画を探し当て見ていた。 こちらから▶️

光の祭典
毎年12月8日から11日にかけて「光の祭典」 (Fête des Lumières) が行われる。これは、ペストがアルプス以北の欧州で1348年から1353年に流行した際、リヨンのひとびとがフルヴィエールの丘にあるノートルダム聖堂のマリア像に祈りを捧げたところ、流行が治まったことに由来するという。この日の夜はリヨン市内の家々の窓際(感謝の捧げ物としてのロウソクなので、本来はフルヴィエールの丘に面した窓のみ。現在はそれにこだわらない)はろうそくの灯りで彩られ、建物や道路はイルミネーションで飾られる(時間を決めて、各家庭と街の不急の照明を消灯する。ライトアップされたノートルダム聖堂と、窓々のロウソクの明かりが幻想的である)
引用:ウィキペディアの執筆者,2018,「リヨン」『ウィキペディア日本語版』,(2018年6月2日取得,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%AA%E3%83%A8%E3%83%B3&oldid=68767182

——以下はリヨンと養蚕秘録——

フランス第二の都市であるリヨンは、絹と織物の街として栄えてきた町なのだが、1855年にヨーロッパ全土に広がった蚕の病気がリヨンの絹織物産業に大打撃を与えた際、その助けになったのがシーボルトが持ち帰った上垣守国(注)による『養蚕秘録』であったことなどを知った。その後富岡製糸場などが建設される。養蚕秘録は但馬の絹の品質があまりよくなかったので品質向上のためにまとめられた本だが、この本の優れた点は、字を読めない農家の女性や子供にもわかりやすいように挿絵を多く用いていたことだ。

上垣守國の『養蠶秘録』がヨーロッパの絹糸産業を救った話ー奥正敬
https://www.kufs.ac.jp/toshokan/bibl/bibl212/pdf/212-27.pdf
https://www.kufs.ac.jp/toshokan/bibl/bibl212/pdf/212-28.pdf
https://www.kufs.ac.jp/toshokan/bibl/bibl212/pdf/212-29.pdf

(注)江戸時代中期-後期の養蚕家。
上垣守国(1753-1808)宝暦3年生まれ。但馬の国(兵庫県)養父郡(やぶぐん)蔵垣村(兵庫県大屋町)の庄屋。文化5年8月15日死去。56歳。通称は伊兵衛。号は仙栄堂。生年は宝暦1年説もある。蚕種の産地であった陸奥の国(青森、秋田、岩手、宮城、福島各県)を頻繁に訪れて蚕の飼育を学んだ。その成果を纏めたのが『養蠶祕録』である
(京都外大附属図書館 http://www.kufs.ac.jp/toshokan/gallery/france19.htm

国立国会図書館デジタルコレクション『養蚕秘録』はこちら
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2556952?tocOpened

 

関連記事 2013年8月13日 北但馬のモノつくり

 

Bob Dylan 2016 Nobel Lecture in Literature

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Nobel Lecture

記念講演の全文訳 http://www.sonymusic.co.jp/artist/BobDylan/info/482760

この度のノーベル文学賞の受賞にあたり、自分の歌が一体どう文学と結びつくのか不思議でならなかった。その繋がりについて自分なりに考えてみたので、それを皆さんに述べようと思う。回りくどい説明になるかもしれないが、私の話に価値があり、意味あるものになることを願う。

全ての始まりはバディ・ホリーだった。私が18歳のときに彼は22歳で他界したが、彼の音楽を初めて聴いた時から近いものを感じた。まるで兄であるかのように自分と通じる何かを感じたのだ。自分が彼に似ているんじゃないかとさえ思えた。バディは私が愛して止まない音楽を奏でた。私が子供のころから慣れ親しんだ音楽、即ちカントリー・ウェスタン、ロックンロールとリズム&ブルースだ。3つの異なる音楽要素を彼は絡み合わせ、そこから新しいジャンル、彼ならではの音を生み出した。そしてバディは「歌」を書いた。美しいメロディー、そして独創的な歌詞の歌を。しかも歌声も素晴らしく、様々な声色を使い分けた。彼こそがお手本だった。自分にはない、でもなりたいものを全て体現していた。彼が亡くなる数日前に、一度だけ彼を観たことがある。長旅をして彼の演奏を見に行ったのだが、期待通りだった。

 彼は力強く、刺激に満ちていて、カリスマ性があった。かぶりつく様な距離で観ていた私はすっかり心を奪われた。彼の顔、手、リズムを取る足、大きな黒の眼鏡、その眼鏡の奥の瞳、ギターの持ち方、立ち方、粋なスーツ、彼の全てを目に焼き付けた。とても22歳とは思えなかった。彼には永久に色あせない何かを感じ、私は確信したのだ。すると、突然、信じられないことが起きた。彼と目が合った瞬間、何かを感じた。それが何だかわからなかったが、背筋がゾクっとした。

 確かその1日か2日後に彼は飛行機事故で亡くなった。そして私は一度も会ったことのない誰かから「コットン・フィールド」を収録したレッドベリーのレコードを手渡されたのだ。その一枚のレコードとの出会いが私の人生を変えた。それまで知らなかった世界に引き込まれ、まるで爆発が起きたかのようだった。真っ暗なところを歩いていたら光がさしたかのように。誰かが手を差し伸べてくれたみたいだった。そのレコードを100回は聴いただろう。

 初めて知るレーベルだった。レコードには、所属する他のアーティストを宣伝するブックレットが入っていた。ソニー・テリーとブラウニー・マギー、ニュー・ロスト・シティ・ランブラーズ、ジーン・リッチー、どれも初めて聞く名前ばかりだった。でもレッドベリーと同じレーベルなら良いに違いないから絶対に聴かねばと思った。知り尽くしたいと思ったし、自分もこういう音楽がやりたいと思った。子供の頃から慣れ親しんだ音楽にも思い入れはあったが、その時点では忘れてしまった。考えることもなかった。自分にとっては過去のものとなったのだ。

 この時点ではまだ家を出ておらず、いつか出たいと思っていた。これらの音楽を自分でも覚え、やっている人たちに会いたかったからだ。そして遂に家を飛び出し、自分でもその音楽を弾くようになった。それまで聞いていたラジオでかかる音楽とは違い、力強く、人生をありのまま映し出していた。ラジオでは運次第でヒットが出るが、フォークの世界では関係なかった。私には全てがヒットで、メロディーが弾ければそれでよかった。曲によって覚え易いものもあれば、そうでないものもあった。古いバラードやカントリー・ブルースは体に染み付いていたが、他は全てゼロから覚えなければならなかった。当時は少ないお客さんの前でしか演奏できず、部屋に4、5人のときや街角で弾くこともあった。レパートリーが豊富でなければいけなかったし、どう言う場面で何を弾くべきかわかってなければいけなかった。親密な歌もあれば、シャウトしないと伝わらない歌もあった。

 初期のフォーク・アーティストをとことん聞き、彼らの歌を自分で歌うことで、固有の表現が身についた。そしてラグタイム・ブルース、ワーク・ソング、ジョージア・シーシャンティ、アパラチアン・バラッド、カウボーイ・ソングといったあらゆる形で歌った。そうすることで細部までが見えてくる。何のことを歌っているのかがわかるのだ。拳銃を抜いて、またポケットに戻す。馬に鞭を打って往来を駆け抜ける。暗闇で語り合う。スタッガー・リーが悪党で、フランキーがいい娘だったこともわかる。ワシントンはブルジョワの街だと知り、ジョン・ザ・レヴェレイターの低音の声も聞いたし、タイタニック号が沼の小川に沈むのも見た。仲間は荒くれ者のアイルランド人の流離人や気の荒い植民地の若造だ。篭った太鼓の音や低く鳴り響く横笛の音も聞こえる。好色のドナルド卿が妻をナイフで刺すのを見たし、多くの同志が戦死して行くのも見た。

 フォーク特有の表現を全てマスターした。気の利いた言い回しも覚えた。機材、テクニック、秘密、謎、全てが頭に入っていた。そしてそれが歩んできた決して注目されることのない軌跡も知り尽くしていた。全てを結びつけて、今の時代に当てはめることができた。自分自身で歌を書き始めた際、自分が唯一知っているフォークという表現形態を存分に使った。

 でもそれだけではない。自分なりの信条、感性、培った世界観も持っていた。若い時から備わっていた。小学校で学んだのだ。『ドン・キホーテ』『アイバンホー』『ロビンソン・クルーソー』『ガリバー旅行記」『二都物語』といった誰もが小学校で読んだことのある本を通して、人生観、人間性への理解、価値観が養われた。歌詞を書き始めた時、それらを糧にした。そういった本の題材が私の多くの歌の中に入り込んだ。意図的であるときもそうでない場合もある。誰も聞いたことのないような歌を書きたいと思ったのだ。そしてこうしたテーマは私の歌の礎となった。その中でも特に私の心に残る3冊の本についてここで触れたい。メルヴィルの『白鯨』、ルマルクの『西部戦線異常なし』とホメロスの『オデュッセイア』だ。


 『白鯨』は興味の尽きない一冊だ。見せ場が絶えず、印象的なセリフで溢れている。非常に読み応えのある本だ。筋書きは単刀直入だ。捕鯨船ピークォド号の謎めいたエイハブ船長は義足を付けた病的に自己中心的な人物で、自分の片足を奪った天敵である白いマッコウクジラのモビィ・ディックに復讐心を燃やす。大西洋から喜望峰を周り、インド洋まで彼は鯨を追う。地球の裏側まで追いかけるのだ。目指すものはあまりに漠然とし、確実なものはない。彼はモビィを皇帝と呼び、悪魔の化身と見なしている。エイハブはナンタケットに残した妻と子供に時々想いを馳せる。そして何が起きるかは予想できるだろう。

 乗組員は様々な人種から成り立っていて、鯨を見つけた者には褒美として金貨が与えられる。多くの星座に纏わる記号、宗教寓話の引用や既成概念が登場する。エイハブは他の捕鯨船に遭遇すると、その船長にモビィの情報を聞き出そうとする。奴を見たか?ある捕鯨船にガブリエルというイカれた預言者が乗っていて、彼はエイハブの破滅を予言する。曰く、モビィは「シェーカー教徒の神の化身」であり、彼に関わった者達は災難に見舞われる。エイハブ船長にそう伝えるのである。また別の船のブーマー船長も、モビィに片腕を奪われている。でも彼はそれを受け入れ、生きているだけで幸せだと感じている。彼にはエイハブの執拗なまでの復讐心が理解できないのだ。この本は、同じ経験をしても人によって反応が違うことを教えてくれる。旧約聖書のからの引用が多く登場する。ガブリエル、ラケル、ヤロブアム、ビルダー、エリヤ。異教徒の名前もまた多く登場する。タシテゴ、フラスク、ダッグー、フリース、スターバック、スタッブ、マーサズ・ヴィニヤード。異教徒たちは偶像を崇拝する。中には小さな蝋の人形を崇拝するものもいれば、木彫りの偶像を崇拝する者もいれば、火を崇拝する者もいる。ピークォド号の名前はインディアンの種族が由来だ。

 『白鯨』は心を揺さぶれる話である。船員の一人で語り手である男が言う。「イシュメイルと呼んでくれ」と。ある人に何処の出身だと聞かれると彼は「どの地図にも載っていない。本物の場所は載らないのさ」と言う。スタッブは何事にも意味はないと思っている。全ては起こるべくして起こるのだと。イシュメイルは生まれてからずっと帆船に乗ってきた。彼にとっては帆船がハーバードでありイエールだと言う。人とは距離を置いている。ピークォド号が台風に直撃する。エイハブ船長は吉兆だと捉える。スターバックは悪い兆しだとしてエイハブの暗殺を考える。嵐が去った直後、乗組員の一人が船のマストから落ちて溺れてしまう。これから起こることを暗示しているかのように。クエーカー教徒の平和主義の神父を装った、残忍なビジネスマンがフラスクに言う。「負傷を負った者の中には神に導かれるものもいるが、他の者は苦痛が待ち受けている」と。

 全てが織り交ぜられている。あらゆる神話、ユダヤ教キリスト教聖書からインド神話、イギリスの伝説、聖ジョルジュ、ペルセウス、ヘラクレス(全て捕鯨船員)、ギリシャ神話、そして血なまぐさい鯨の解体まで。事実もまた多く盛り込まれている。地理、鯨油について(君主の即位にいい)、捕鯨産業の名士など。鯨油は王を清める聖油に使われるのだ。鯨の歴史、骨相学、古典哲学、偽の科学的理論、差別の正当化など、あらゆるものを含んでいるが、理にかなってるものは一つもない。教養のある人、ない人。幻想を追いかける、死を追いかける。巨大なマッコウクジラはシロクマの如く白く、白人の如く白い、皇帝であり、天敵であり、悪魔の化身である。モビィをナイフで攻撃しようとして片足を失った狂気の船長。

 我々には物事の表面しか見えない。その裏に何があるかは解釈次第だ。船員たちは人魚の声を探して甲板を歩き回り、サメやハゲワシが船の後をつける。頭蓋骨や顔の表情を本のように読み取ろうとする。ここに顔がある。君の前に置こう。読めるものなら読んでみるがいい。タシテゴは自分が一度死んで生まれ変わったのだと言う。余分に与えられた日々は贈り物だと。自分はキリストに救われたのではないと彼は言う。キリスト教徒ではない人間に助けられたのだと。そしてキリストの復活の下手な模倣をする。

 スターバックがエイハブに「過ぎたことは忘れろ」と言うと、憤慨した船長は「私に不敬を言うとはけしからん。私を侮辱するものはたとえ太陽であっても切りつける」と言い返す。エイハブもまた雄弁な詩人である。「私の揺るぎない目的までの道には鉄製のレールが敷かれていて、私の魂はその溝に沿って走るのだ」或いは、「目に見える物は全て薄っぺらい仮面でしかない」と語る。引用したくなる詩的なフレーズであり、これを超えるものはない。

 そしていよいよエイハブはモビィを見つけ、銛を出す。ボートが降ろされる。エイハブの銛は血で洗礼されている。モビィはエイハブのボートを攻撃し、破壊する。翌日彼はまたモビィを見つける。再びボートが降ろされる。モビィはまたもエイハブのボートを破壊する。3日目、また別のボートが乗り込む。ここでも宗教的引用の登場だ。彼は再び現れた。モビィは再び攻撃してくる。ピークォド号に激突し、沈める。エイハブは銛の紐に絡まってしまい、船から投げ出され、海の藻屑となる。

 イシュメイルだけが生き残る。彼は棺桶の上で海に浮かんでいる。というのが物語の全てだ。ここで語られるテーマとそれが暗示しているものは、私の歌の幾つかにも登場する。


 『西部戦線異常なし』もまた影響を受けた一冊だ。『西部戦線異常なし』はホラーだ。これは、童心、意味のある世界への信頼、他人への関心を失う話だ。悪夢から抜け出せない。死と苦悩の謎めいた渦に吸い込まれてしまう。抹殺から自分を守っている。地球上から消されようとしているのだ。嘗てはコンサート・ピアニストになるという大きな夢を抱いていた純粋な若者だった。嘗ては人生、そしてこの世界を愛していたが、今はそれを粉々に撃ち砕いている。

 来る日も来る日も、蜂に刺され、ミミズに血を吸われる。窮地に追いやられた動物だ。どこにも居場所はない。降りしきる雨は単調だ。絶え間ない攻撃、毒ガス、神経ガス、モルヒネ、燃え盛るガソリンの川、食べ物を求めて残飯を漁る、インフルエンザ、チフス、赤痢。周りで命が次々と失われ、破裂弾が鳴り響く。これは地獄の下層部である。泥、有刺鉄線、ドブネズミだらけの塹壕、死体の内臓を食い漁るドブネズミ、汚物と排泄物だらけの塹壕。誰かが叫ぶ、「おい、そこのお前。立ち上がって戦え」これが一体いつまで続くか誰にわかると言うのだ?戦争に終わりはない。自分は殺されようとしている。足は出血多量だ。昨日は人を殺し、その死体に話し掛けた。戦争が終わったら君の家族の面倒を死ぬまで見ると伝えた。一体誰が得をしているのだ?指揮官や将軍達は名声を得て、他にも経済的に潤う人たちが大勢いる。しかし、手を汚しているのは自分達だ。同志の一人に「ちょっと待て、何処に行くんだ?」と聞かれ、「好きにさせてくれ、直ぐに戻るから」と言い、肉片を求めて死の狩の森に入っていく。普通の生活を送っている人たちが何を生きがいにしているのかもはやわからない。みんなの不安や欲望などもう理解できない。

 さらに機関銃が鳴り響き、死体の一部が幾つもぶら下がっている。腕や脚や頭部が転がっているところに蝶々が歯の上に止まっている。悍ましい傷口、あらゆる毛穴から膿が出ている。肺の傷、身体には耐えきれないほどの大きな傷、ガスを放射する死体、吐き気がしそうな音を立てる死体の数々。死がそこら中にある。どうすることもできない。自分も誰かに殺され、死体は射撃練習の的に使われるだろう。ブーツにしてもそうだ。今は自分の貴重な所有物だが、直ぐに誰かの足にとって変わるだろう。

 木の間からフランス人達がやってくる。容赦ない奴らだ。破裂弾も底を尽きてきた。「そんなに直ぐにまた攻めてくるなんて卑怯だ」と言ってみる。同志の一人が土の中に倒れていて、野戦病院に連れてってやりたいと思う。他の誰かが言う。「無駄足さ」「どう言うこと?」「そいつをひっくり返してみろ。俺の言ってることがわかるさ」

 その知らせを待ち続ける。戦争がなぜ終わらないのか理解できない。兵力不足が深刻化し、召集した若者達は使い物にならない者ばかりだ。それでも人員が足りないから採用するしかない。病気と屈辱で心はズタズタだ。親にも、学校の校長にも、牧師にも、政府にさえも裏切られた。

 ゆっくりと葉巻を吸う将軍にも裏切られた。彼のせいで自分は暴漢と殺し屋にと化したのだ。できることなら彼の顔に銃弾を浴びせてやりたい。司令官にもだ。金があったら、どんな手を使っても構わないから奴を殺してくれた男に謝礼を約束することを妄想する。もしその人がそれで命を落としたら、謝礼は遺族に行けばいい。キャビアとコーヒーが好物の大佐も同罪だ。公認の売春宿に入り浸っている。彼にも死んでもらおう。呑んだくれの兵士が次々とやってくる。20人殺しても、20人また替えがやってくる。鼻の奥まで匂ってくるだけだ。

 まるで拷問室のようなこの狂気の沙汰に自分を送り込んだ上の世代を軽蔑するようになる。周りを見渡せば同志が次々と死んでいく。腹部の傷、両足切断、坐骨粉砕で死んでいくのを見ながら思う。「まだ20歳だと言うのに、もはや誰だって殺せる。自分を狙ってきたら父親さえも殺せる」

 昨日、傷ついた軍用犬を助けようとしたら誰かが叫んだ。「馬鹿なことをするな」と。一人のフランス人が喉を鳴らしながら足元で倒れている。彼の腹に短剣を突き刺すが、まだ生きている。息の根を止めるべきなのはわかっているが、それができない。本物の鉄十字に貼り付けにされ、ローマ兵に酢を染み込ませたスポンジを口元に当てられている。

 何ヶ月か過ぎ、一時休暇で帰郷する。父親とは話ができない。「入隊しないのは卑怯者だ」と彼は言う。母親もだ。再び戦場に戻る際、「フランス人娘には気をつけなさい」と言う。狂気はさらに続く。一週間、或いは一ヶ月戦って、やっと10ヤード前進する。でも次の月にはまた元に戻される。

 プラトン、アリストレス、ソクラテス、1000年前の文化、哲学、知恵はどうなってしまったと言うのだ?こんな事態は防げたはずだ。家に思いを馳せる。ポプラ並木を歩いた学生時代に戻る。楽しい思い出だ。小型飛行船からさらに爆弾が降ってくる。気持ちを引き締めなければいけない。何か誤算が起きるのが怖くて誰のことも見ることができない。共同墓地。他に残された可能性はない。

 すると桜の花に気づく。そして自然は全く影響を受けていないことに気づく。ポプラ並木、赤い蝶々、儚い花の美しさ、太陽。自然は全く意に介さないのを目の当たりにする。人類によるあらゆる暴力も苦悩も自然は気づきもしない。あまりにも孤独だ。すると爆弾の金属片が側頭部に当たり死んでしまう。排除されたのだ。削除されたのだ。駆除されたのだ。私はこの本を置き完全に閉じた。戦争小説はもう2度と読みたくないと思い、2度と読むことはなかった。

ノース・カロライナ出身のチャリー・プールがこの話に通じる歌を書いた。「ユー・エイント・トーキン・トゥ・ミー」という歌で、歌詞はこうだ。

ある日街を歩いていたら窓の中に張り紙を見つけた
入隊して世界をこの目で見よう、と書いてあった
楽しい仲間と刺激的な場所を見るだろう
楽しい仲間と刺激的な場所を見るだろう
面白い人たちと出会い、彼らの殺し方も覚えるだろう
僕に言っても無駄さ、僕に言っても無駄さ
僕は頭がイカれているかもしれないけど、分別はある
僕に言っても無駄さ、僕に言っても無駄さ
銃で殺すなんてちっとも楽しそうじゃない
僕に言っても無駄さ


 『オデュッセイア』も素晴らしい一冊で、そこで語られている題材の数々は多くのソングライターのバラッドに取り上げられている。「早く家へ帰りたい」「思い出のグリーングラス」「峠の我が家」、私の歌でもだ。

 『オデュッセイア』は戦争で戦い終えて帰郷しようとする男の不思議な冒険物語だ。長い帰路の旅であり、途中にはいくつもの罠や落とし穴が待ち受ける。彼は呪にかかったように彷徨い続ける。常に海に放り出され、毎回九死に一生を得る。巨大な岩の塊が彼の船を揺らす。怒らせてはいけない人の怒りを買ってしまう。乗組員に問題児もいる。背信。船員たちが豚にさせられたかと思うと、今度は若い色男に変身する。彼は常に誰かを救助しようとする。彼は旅人だが、足止めを食らうことが多い。無人島に流れ着く。人けのない洞窟を見つけ、そこに隠れる。巨人に出くわすが、「お前は最後に食べる」と言われる。そして巨人から逃げる。家に帰ろうとするが、風に振り回される。容赦ない風、冷たい風、不吉な風。遠くまで行ったと思うと、風にまた押し戻される。

 毎回次に何が待ち構えているかあらかじめ警告を受けるが、触ってはいけないと言われたものをつい触ってしまう。進む道が二つあったら、そのどちらも凶。どちらも危険を伴う。一方は溺れる可能性があり、もう一方は飢える可能性がある。狭い海峡に入って行き、泡の渦巻きに飲み込まれる。牙の鋭い6つの頭を持った怪物と出くわす。雷に打たれる。突き出した枝に飛びついて荒れ狂う川から身を守る。彼を守ろうとする女神や神々もいれば、彼を殺そうとする者もいる。彼は素性を幾度も変える。疲れ果て、眠りに就くと笑い声で目がさめる。見知らぬ人に自分の話をする。旅に出てから20年になる。何処かに放り出されて、置いていかれたのだ。ワインに薬を入れられたこともある。苦難に満ちた道のりだった。

 色々な意味で、これらのことは誰にでも起きり得る。ワインに薬を入れられたことがあるだろう。間違った女性と一夜を共にしたことがあるだろう。摩訶不思議な声、甘い声、聴き慣れないメロディーに魅了されたことがあるだろう。遠い道のりをやっと辿り着いたと思ったらまた押し戻されたことがあるだろう。そして九死に一生を得たことも、怒らせてはいけない人を怒らせたこともあるだろう。この国中を取り止めもなく彷徨ったことだってあるだろう。そして、凶をもたらすあの不吉な風を感じたことがあるだろう。しかし、これだけでは終わらない。

 家に辿り着いても事態は決して喜べるものではなかった。妻の親切心につけ込んだ悪党達に家を乗っ取られていたのだ。しかも人数が多すぎる。いくら彼が彼らよりも偉大で、大工としても、狩人としても、動物に関するに知識にしても、海男としても、何をやらせても一流だったとしても、勇気で身を守ることはできない。機転を利かせる他ない。

 ゴロツキ達には彼の家を汚した代償を払わせなければいけない。彼は小汚い乞食に変装すると、横柄で馬鹿な下手人が彼を階段から突き落とす。下手人の横柄さに嫌悪感を抱くが、彼は怒りを抑える。百対一にも関わらず、彼らを全員やっつける。一番の強者をもだ。彼は何者でもない。そしてようやく家に帰ると彼は妻と一緒に座り、彼女に冒険談を話すのである。


 つまりどういうことか。私自身、そして他のソングライター達も、これらと同じテーマに影響を受けてきた。そしてそれらは無数の解釈ができる。ある歌に心を動かされたのであれば、それで十分なのだ。その歌の意味を知る必要なんてない。私は自分の歌に色々なことを込めてきたが、それらが何を意味しているか案じるつもりはない。メルヴィルが旧約聖書や新約聖書からの引用や科学的理論、プロテスタント教義、そして海や帆船や鯨に関する知識を全て一冊の本に込めた際、彼もそれらが何を意味しているのか案じたとは思わない。

 ジョン・ダン然り。シェイクスピアの時代に生きた詩人/聖職者は綴っている。「彼女の乳房のセストスとアビドス。二人の恋人ではなく、二つの愛であり、巣である」これが何を意味しているのかは私もわからない。でも良さげに聞こえる。自分の歌も良さげに聞こえてほしいのだ。『オデュッセイア』に登場するオデュッセウスが英雄アキレスに会いに冥府を訪れた際、平和で幸せな長寿と引き換えに名誉と栄光に満ちた短命を手にしたアキレスはオデュッセウスに全ては間違いだったと語る。「私はただ死んだ。それだけだ」と。そこには名誉はなかった。不朽の名声などない。そして、もし可能であるなら、黄泉の国の王でいるよりも、地球上で小作人の元に仕える奴隷として生きることを選ぶ。どんなに辛い人生であろうと、死ぬよりましだと語っている。

 歌も同じだ。我々の歌は生きている人たちの世界でこそ生きるものなのだ。でも歌は文学とは違う。歌は歌われるべきものであり、読むものではない。シェイクスピア劇の言葉の数々は舞台で演じられる為のものであるのと同様に、歌の詞は歌う為のものであり、ページに綴られているのを読む為のものではない。そして、皆さんにも、これらの詞を、聴かれるべき形で聴く機会があることを願っている。コンサート、或いはレコード、或いは今時の音楽の聴き方でも構わない。

最後に再びホメロスの言葉で締めたいと思う。「詩神よ、私の中で歌い、私を通して物語を伝えてくれ」

BOB DYLAN

原文 https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/literature/laureates/2016/dylan-lecture.html
5 June 2017

When I first received this Nobel Prize for Literature, I got to wondering exactly how my songs related to literature. I wanted to reflect on it and see where the connection was. I’m going to try to articulate that to you. And most likely it will go in a roundabout way, but I hope what I say will be worthwhile and purposeful.

If I was to go back to the dawning of it all, I guess I’d have to start with Buddy Holly. Buddy died when I was about eighteen and he was twenty-two. From the moment I first heard him, I felt akin. I felt related, like he was an older brother. I even thought I resembled him. Buddy played the music that I loved – the music I grew up on: country western, rock ‘n’ roll, and rhythm and blues. Three separate strands of music that he intertwined and infused into one genre. One brand. And Buddy wrote songs – songs that had beautiful melodies and imaginative verses. And he sang great – sang in more than a few voices. He was the archetype. Everything I wasn’t and wanted to be. I saw him only but once, and that was a few days before he was gone. I had to travel a hundred miles to get to see him play, and I wasn’t disappointed.

He was powerful and electrifying and had a commanding presence. I was only six feet away. He was mesmerizing. I watched his face, his hands, the way he tapped his foot, his big black glasses, the eyes behind the glasses, the way he held his guitar, the way he stood, his neat suit. Everything about him. He looked older than twenty-two. Something about him seemed permanent, and he filled me with conviction. Then, out of the blue, the most uncanny thing happened. He looked me right straight dead in the eye, and he transmitted something. Something I didn’t know what. And it gave me the chills.

I think it was a day or two after that that his plane went down. And somebody – somebody I’d never seen before – handed me a Leadbelly record with the song “Cottonfields” on it. And that record changed my life right then and there. Transported me into a world I’d never known. It was like an explosion went off. Like I’d been walking in darkness and all of the sudden the darkness was illuminated. It was like somebody laid hands on me. I must have played that record a hundred times.

It was on a label I’d never heard of with a booklet inside with advertisements for other artists on the label: Sonny Terry and Brownie McGhee, the New Lost City Ramblers, Jean Ritchie, string bands. I’d never heard of any of them. But I reckoned if they were on this label with Leadbelly, they had to be good, so I needed to hear them. I wanted to know all about it and play that kind of music. I still had a feeling for the music I’d grown up with, but for right now, I forgot about it. Didn’t even think about it. For the time being, it was long gone.

I hadn’t left home yet, but I couldn’t wait to. I wanted to learn this music and meet the people who played it. Eventually, I did leave, and I did learn to play those songs. They were different than the radio songs that I’d been listening to all along. They were more vibrant and truthful to life. With radio songs, a performer might get a hit with a roll of the dice or a fall of the cards, but that didn’t matter in the folk world. Everything was a hit. All you had to do was be well versed and be able to play the melody. Some of these songs were easy, some not. I had a natural feeling for the ancient ballads and country blues, but everything else I had to learn from scratch. I was playing for small crowds, sometimes no more than four or five people in a room or on a street corner. You had to have a wide repertoire, and you had to know what to play and when. Some songs were intimate, some you had to shout to be heard.

By listening to all the early folk artists and singing the songs yourself, you pick up the vernacular. You internalize it. You sing it in the ragtime blues, work songs, Georgia sea shanties, Appalachian ballads and cowboy songs. You hear all the finer points, and you learn the details.

You know what it’s all about. Takin’ the pistol out and puttin’ it back in your pocket. Whippin’ your way through traffic, talkin’ in the dark. You know that Stagger Lee was a bad man and that Frankie was a good girl. You know that Washington is a bourgeois town and you’ve heard the deep-pitched voice of John the Revelator and you saw the Titanic sink in a boggy creek. And you’re pals with the wild Irish rover and the wild colonial boy. You heard the muffled drums and the fifes that played lowly. You’ve seen the lusty Lord Donald stick a knife in his wife, and a lot of your comrades have been wrapped in white linen.

I had all the vernacular down. I knew the rhetoric. None of it went over my head – the devices, the techniques, the secrets, the mysteries – and I knew all the deserted roads that it traveled on, too. I could make it all connect and move with the current of the day. When I started writing my own songs, the folk lingo was the only vocabulary that I knew, and I used it.

But I had something else as well. I had principles and sensibilities and an informed view of the world. And I had had that for a while. Learned it all in grammar school. Don Quixote, Ivanhoe, Robinson Crusoe, Gulliver’s Travels, Tale of Two Cities, all the rest – typical grammar school reading that gave you a way of looking at life, an understanding of human nature, and a standard to measure things by. I took all that with me when I started composing lyrics. And the themes from those books worked their way into many of my songs, either knowingly or unintentionally. I wanted to write songs unlike anything anybody ever heard, and these themes were fundamental.

Specific books that have stuck with me ever since I read them way back in grammar school – I want to tell you about three of them: Moby Dick, All Quiet on the Western Front and The Odyssey.

 


Moby Dick is a fascinating book, a book that’s filled with scenes of high drama and dramatic dialogue. The book makes demands on you. The plot is straightforward. The mysterious Captain Ahab – captain of a ship called the Pequod –  an egomaniac with a peg leg pursuing his nemesis, the great white whale Moby Dick who took his leg. And he pursues him all the way from the Atlantic around the tip of Africa and into the Indian Ocean. He pursues the whale around both sides of the earth. It’s an abstract goal, nothing concrete or definite. He calls Moby the emperor, sees him as the embodiment of evil. Ahab’s got a wife and child back in Nantucket that he reminisces about now and again. You can anticipate what will happen.

The ship’s crew is made up of men of different races, and any one of them who sights the whale will be given the reward of a gold coin. A lot of Zodiac symbols, religious allegory, stereotypes. Ahab encounters other whaling vessels, presses the captains for details about Moby. Have they seen him? There’s a crazy prophet, Gabriel, on one of the vessels, and he predicts Ahab’s doom. Says Moby is the incarnate of a Shaker god, and that any dealings with him will lead to disaster. He says that to Captain Ahab. Another ship’s captain – Captain Boomer – he lost an arm to Moby. But he tolerates that, and he’s happy to have survived. He can’t accept Ahab’s lust for vengeance.

This book tells how different men react in different ways to the same experience. A lot of Old Testament, biblical allegory: Gabriel, Rachel, Jeroboam, Bildah, Elijah. Pagan names as well: Tashtego, Flask, Daggoo, Fleece, Starbuck, Stubb, Martha’s Vineyard. The Pagans are idol worshippers. Some worship little wax figures, some wooden figures. Some worship fire. The Pequod is the name of an Indian tribe.

Moby Dick is a seafaring tale. One of the men, the narrator, says, “Call me Ishmael.” Somebody asks him where he’s from, and he says, “It’s not down on any map. True places never are.” Stubb gives no significance to anything, says everything is predestined. Ishmael’s been on a sailing ship his entire life. Calls the sailing ships his Harvard and Yale. He keeps his distance from people.

A typhoon hits the Pequod. Captain Ahab thinks it’s a good omen. Starbuck thinks it’s a bad omen, considers killing Ahab. As soon as the storm ends, a crewmember falls from the ship’s mast and drowns, foreshadowing what’s to come. A Quaker pacifist priest, who is actually a bloodthirsty businessman, tells Flask, “Some men who receive injuries are led to God, others are led to bitterness.”

Everything is mixed in. All the myths: the Judeo Christian bible, Hindu myths, British legends, Saint George, Perseus, Hercules – they’re all whalers. Greek mythology, the gory business of cutting up a whale. Lots of facts in this book, geographical knowledge, whale oil – good for coronation of royalty – noble families in the whaling industry. Whale oil is used to anoint the kings. History of the whale, phrenology, classical philosophy, pseudo-scientific theories, justification for discrimination – everything thrown in and none of it hardly rational. Highbrow, lowbrow, chasing illusion, chasing death, the great white whale, white as polar bear, white as a white man, the emperor, the nemesis, the embodiment of evil. The demented captain who actually lost his leg years ago trying to attack Moby with a knife.

We see only the surface of things. We can interpret what lies below any way we see fit. Crewmen walk around on deck listening for mermaids, and sharks and vultures follow the ship. Reading skulls and faces like you read a book. Here’s a face. I’ll put it in front of you. Read it if you can.

Tashtego says that he died and was reborn. His extra days are a gift. He wasn’t saved by Christ, though, he says he was saved by a fellow man and a non-Christian at that. He parodies the resurrection.

When Starbuck tells Ahab that he should let bygones be bygones, the angry captain snaps back, “Speak not to me of blasphemy, man, I’d strike the sun if it insulted me.” Ahab, too, is a poet of eloquence. He says, “The path to my fixed purpose is laid with iron rails whereon my soul is grooved to run.”  Or these lines, “All visible objects are but pasteboard masks.” Quotable poetic phrases that can’t be beat.

Finally, Ahab spots Moby, and the harpoons come out. Boats are lowered. Ahab’s harpoon has been baptized in blood. Moby attacks Ahab’s boat and destroys it. Next day, he sights Moby again. Boats are lowered again. Moby attacks Ahab’s boat again. On the third day, another boat goes in. More religious allegory. He has risen. Moby attacks one more time, ramming the Pequod and sinking it. Ahab gets tangled up in the harpoon lines and is thrown out of his boat into a watery grave.

Ishmael survives. He’s in the sea floating on a coffin. And that’s about it. That’s the whole story. That theme and all that it implies would work its way into more than a few of my songs.

 


All Quiet on the Western Front was another book that did. All Quiet on the Western Front is a horror story. This is a book where you lose your childhood, your faith in a meaningful world, and your concern for individuals. You’re stuck in a nightmare. Sucked up into a mysterious whirlpool of death and pain. You’re defending yourself from elimination. You’re being wiped off the face of the map. Once upon a time you were an innocent youth with big dreams about being a concert pianist. Once you loved life and the world, and now you’re shooting it to pieces.

Day after day, the hornets bite you and worms lap your blood. You’re a cornered animal. You don’t fit anywhere. The falling rain is monotonous. There’s endless assaults, poison gas, nerve gas, morphine, burning streams of gasoline, scavenging and scabbing for food, influenza, typhus, dysentery. Life is breaking down all around you, and the shells are whistling. This is the lower region of hell. Mud, barbed wire, rat-filled trenches, rats eating the intestines of dead men, trenches filled with filth and excrement. Someone shouts, “Hey, you there. Stand and fight.”

Who knows how long this mess will go on? Warfare has no limits. You’re being annihilated, and that leg of yours is bleeding too much. You killed a man yesterday, and you spoke to his corpse. You told him after this is over, you’ll spend the rest of your life looking after his family. Who’s profiting here? The leaders and the generals gain fame, and many others profit financially. But you’re doing the dirty work. One of your comrades says, “Wait a minute, where are you going?” And you say, “Leave me alone, I’ll be back in a minute.” Then you walk out into the woods of death hunting for a piece of sausage. You can’t see how anybody in civilian life has any kind of purpose at all. All their worries, all their desires – you can’t comprehend it.

More machine guns rattle, more parts of bodies hanging from wires, more pieces of arms and legs and skulls where butterflies perch on teeth, more hideous wounds, pus coming out of every pore, lung wounds, wounds too big for the body, gas-blowing cadavers, and dead bodies making retching noises. Death is everywhere. Nothing else is possible. Someone will kill you and use your dead body for target practice. Boots, too. They’re your prized possession. But soon they’ll be on somebody else’s feet.

There’s Froggies coming through the trees. Merciless bastards. Your shells are running out. “It’s not fair to come at us again so soon,” you say. One of your companions is laying in the dirt, and you want to take him to the field hospital. Someone else says, “You might save yourself a trip.” “What do you mean?” “Turn him over, you’ll see what I mean.”

You wait to hear the news. You don’t understand why the war isn’t over. The army is so strapped for replacement troops that they’re drafting young boys who are of little military use, but they’re draftin’ ‘em anyway because they’re running out of men. Sickness and humiliation have broken your heart. You were betrayed by your parents, your schoolmasters, your ministers, and even your own government.

The general with the slowly smoked cigar betrayed you too – turned you into a thug and a murderer. If you could, you’d put a bullet in his face. The commander as well. You fantasize that if you had the money, you’d put up a reward for any man who would take his life by any means necessary. And if he should lose his life by doing that, then let the money go to his heirs. The colonel, too, with his caviar and his coffee – he’s another one. Spends all his time in the officers’ brothel. You’d like to see him stoned dead too. More Tommies and Johnnies with their whack fo’ me daddy-o and their whiskey in the jars. You kill twenty of ‘em and twenty more will spring up in their place. It just stinks in your nostrils.

You’ve come to despise that older generation that sent you out into this madness, into this torture chamber. All around you, your comrades are dying. Dying from abdominal wounds, double amputations, shattered hipbones, and you think, “I’m only twenty years old, but I’m capable of killing anybody. Even my father if he came at me.”

Yesterday, you tried to save a wounded messenger dog, and somebody shouted, “Don’t be a fool.” One Froggy is laying gurgling at your feet. You stuck him with a dagger in his stomach, but the man still lives. You know you should finish the job, but you can’t. You’re on the real iron cross, and a Roman soldier’s putting a sponge of vinegar to your lips.

Months pass by. You go home on leave. You can’t communicate with your father. He said, “You’d be a coward if you don’t enlist.” Your mother, too, on your way back out the door, she says, “You be careful of those French girls now.” More madness. You fight for a week or a month, and you gain ten yards. And then the next month it gets taken back.

All that culture from a thousand years ago, that philosophy, that wisdom – Plato, Aristotle, Socrates – what happened to it?  It should have prevented this. Your thoughts turn homeward. And once again you’re a schoolboy walking through the tall poplar trees. It’s a pleasant memory. More bombs dropping on you from blimps. You got to get it together now. You can’t even look at anybody for fear of some miscalculable thing that might happen. The common grave. There are no other possibilities.

Then you notice the cherry blossoms, and you see that nature is unaffected by all this. Poplar trees, the red butterflies, the fragile beauty of flowers, the sun – you see how nature is indifferent to it all. All the violence and suffering of all mankind. Nature doesn’t even notice it.

You’re so alone. Then a piece of shrapnel hits the side of your head and you’re dead.
You’ve been ruled out, crossed out. You’ve been exterminated. I put this book down and closed it up. I never wanted to read another war novel again, and I never did.

Charlie Poole from North Carolina had a song that connected to all this. It’s called “You Ain’t Talkin’ to Me,” and the lyrics go like this:

I saw a sign in a window walking up town one day.
Join the army, see the world is what it had to say.
You’ll see exciting places with a jolly crew,
You’ll meet interesting people, and learn to kill them too.
Oh you ain’t talkin’ to me, you ain’t talking to me.
I may be crazy and all that, but I got good sense you see.
You ain’t talkin’ to me, you ain’t talkin’ to me.
Killin’ with a gun don’t sound like fun.
You ain’t talkin’ to me.

 


The Odyssey is a great book whose themes have worked its way into the ballads of a lot of songwriters: “Homeward Bound, “Green, Green Grass of Home,” “Home on the Range,” and my songs as well.

The Odyssey is a strange, adventurous tale of a grown man trying to get home after fighting in a war. He’s on that long journey home, and it’s filled with traps and pitfalls. He’s cursed to wander. He’s always getting carried out to sea, always having close calls. Huge chunks of boulders rock his boat. He angers people he shouldn’t. There’s troublemakers in his crew. Treachery. His men are turned into pigs and then are turned back into younger, more handsome men. He’s always trying to rescue somebody. He’s a travelin’ man, but he’s making a lot of stops.

He’s stranded on a desert island. He finds deserted caves, and he hides in them. He meets giants that say, “I’ll eat you last.” And he escapes from giants. He’s trying to get back home, but he’s tossed and turned by the winds. Restless winds, chilly winds, unfriendly winds. He travels far, and then he gets blown back.

He’s always being warned of things to come. Touching things he’s told not to. There’s two roads to take, and they’re both bad. Both hazardous. On one you could drown and on the other you could starve. He goes into the narrow straits with foaming whirlpools that swallow him. Meets six-headed monsters with sharp fangs. Thunderbolts strike at him. Overhanging branches that he makes a leap to reach for to save himself from a raging river. Goddesses and gods protect him, but some others want to kill him. He changes identities. He’s exhausted. He falls asleep, and he’s woken up by the sound of laughter. He tells his story to strangers. He’s been gone twenty years. He was carried off somewhere and left there. Drugs have been dropped into his wine. It’s been a hard road to travel.

In a lot of ways, some of these same things have happened to you. You too have had drugs dropped into your wine. You too have shared a bed with the wrong woman. You too have been spellbound by magical voices, sweet voices with strange melodies. You too have come so far and have been so far blown back. And you’ve had close calls as well. You have angered people you should not have. And you too have rambled this country all around. And you’ve also felt that ill wind, the one that blows you no good. And that’s still not all of it.

When he gets back home, things aren’t any better. Scoundrels have moved in and are taking advantage of his wife’s hospitality. And there’s too many of ‘em. And though he’s greater than them all and the best at everything – best carpenter, best hunter, best expert on animals, best seaman – his courage won’t save him, but his trickery will.

All these stragglers will have to pay for desecrating his palace. He’ll disguise himself as a filthy beggar, and a lowly servant kicks him down the steps with arrogance and stupidity. The servant’s arrogance revolts him, but he controls his anger. He’s one against a hundred, but they’ll all fall, even the strongest. He was nobody. And when it’s all said and done, when he’s home at last, he sits with his wife, and he tells her the stories.

 


So what does it all mean? Myself and a lot of other songwriters have been influenced by these very same themes. And they can mean a lot of different things. If a song moves you, that’s all that’s important. I don’t have to know what a song means. I’ve written all kinds of things into my songs. And I’m not going to worry about it – what it all means. When Melville put all his old testament, biblical references, scientific theories, Protestant doctrines, and all that knowledge of the sea and sailing ships and whales into one story, I don’t think he would have worried about it either – what it all means.

John Donne as well, the poet-priest who lived in the time of Shakespeare, wrote these words, “The Sestos and Abydos of her breasts. Not of two lovers, but two loves, the nests.” I don’t know what it means, either. But it sounds good. And you want your songs to sound good.

When Odysseus in The Odyssey visits the famed warrior Achilles in the underworld – Achilles, who traded a long life full of peace and contentment for a short one full of honor and glory –  tells Odysseus it was all a mistake. “I just died, that’s all.” There was no honor. No immortality. And that if he could, he would choose to go back and be a lowly slave to a tenant farmer on Earth rather than be what he is – a king in the land of the dead – that whatever his struggles of life were, they were preferable to being here in this dead place.

That’s what songs are too. Our songs are alive in the land of the living. But songs are unlike literature. They’re meant to be sung, not read. The words in Shakespeare’s plays were meant to be acted on the stage. Just as lyrics in songs are meant to be sung, not read on a page. And I hope some of you get the chance to listen to these lyrics the way they were intended to be heard: in concert or on record or however people are listening to songs these days. I return once again to Homer, who says, “Sing in me, oh Muse, and through me tell the story.”

マイケルムーアの世界侵略のススメって

 

マイケルムーアの世界侵略のススメの本当のテーマは人間の尊厳だった。短編動画では見られない。ドイツの徹底した戦後教育、ポルトガルの警察、ノルウエーの刑務所。情けない日本の国。どうして変えられない。

[urlpreviewbox url=”http://digital.asahi.com/articles/ASJCT3CLYJCTUTFK003.html”/]

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坂 茂

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TED 坂 茂 紙でできた避難所

 

 

http://dai.ly/x1kpcq8

 

 

 

http://www.asahi.com/articles/ASJ4S5VDPJ4STIPE02C.html

2016年4月24日熊本

お名前の漢字間違えていた。失礼しました。

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アフガニスタン永久支援のために中村哲次世代へのプロジェクト

命を守る医師だから命の水を守る。山に木を植える漁師と同じね。
蛇カゴと柳のことが気になってしょうがない。豊岡の柳行李も護岸に植えた柳を利用したのだけど、猫柳じゃなくてコリヤナギがもともと生えていたのか、護岸対策と地場産業を同時に考えたか。と頭は違う方向へ向かいつつ。。。

健康で、食べて寝て働いて、楽しんで、そんな普通の日常こそが平和の源となるのですね。テロリストなんてどこにも居ない。

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