原発ゼロの中身は何?おもてなしってなに?

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<原発ゼロの中身は何?それが一番大事>
脱原発の次のエネルギーは地下を掘り返さない再生可能エネルギーであってほしいと思う。今盛んに次世代エネルギーと言われているシェールガスもメタンハイドレート、地熱発電も地球を掘り返さねば得られない。地熱は当然温泉地域で有力だし、メタンハイドレートが多く存在する場所には、ズワイガニがたくさんいるそうだ。どちらにしてもウラン採掘と同じく自然の豊かな地域がその場所となり都会の電力の為に地方の自然が利用されるのだ。採掘にはウラン公害のように様々な弊害がつきまとう。兵庫県も新しいエネルギー開発に向けて動いているけれど、金になれば少しの公害や自然破壊には目をつむるのだろう。何と言っても兵庫の日本海側は貧しいものこういう貧しさが危うい開発に向かわせる。

<おもてなしってなに?>
夏になると都会から親戚が家族総出で海水浴に来た。働いていた母は夏中勤めもしながら親類の「おもてなし」でくたくただった。旅館じゃないんだよね。。と子供ながらに思った。海や山,温泉の有る地域だから「おもてなし」は気がついたときから身近に有った。近頃は国中が「おもてなし」に湧いていて、歴史遺産、文化遺産、自然遺産に認定されると即観光客誘致がはじまり、国中でおもてなしが始まる。そんな時わたしはいつも疲れ果てた母の姿を思い出す。夏中おもてなしに走り回り、ゆっくり夏や海を楽しむ事も出来ないで夏が終わる。それが今では国中が、いや、世界中がおもてなしで湧いている。

そこに暮らす人々の本質的な豊かさとは何なのか、何が一番大事な事なのか。華やかな地域経済のオブラートに包まれてすっかり忘れ去られているように思える。

ちいさな地域も大きな地域も自然豊かな土地も経済の活発な地域もそれぞれ自分の足で立ち、潤い、誇りを持ち暮らせる故郷に何時になったらなるのだろう。

<再生可能エネルギーとは>
太陽・地球物理学的・生物学的な源に由来し、自然界によって利用する以上の速度で補充されるエネルギー
<枯渇性エネルギーとは>
化石燃料(石炭、石油、天然ガス、オイルサンド、シェールガス、メタンハイドレート等)やウラン等の地下資源を利用するもの(原子力発電等)を指す。

『シェーナウの思い』

字幕付きでありがたいです。

ただ、3から6の4本は見当たりません。

NHKの世界のドキュメンタリーで,放映してほしいです。

1/6 http://youtu.be/QPgUskB9L4I

あらすじ
ドイツ、黒い森(シュヴァルツヴァルド)の街、シェーナウ。どこにでもあるような、静かで穏やかで、皆が顔なじみの美しい街。1986年、ウクライナのチェルノブイリで起った悲劇を発端に、穏やかなシェーナウの人々の暮らしは一変します。チェルノブイリと同様、近くに原発を臨むこの街で、子ども­の未来に不安を持つ親たちが集まり、住民運動を始めたのです。「原子力のない未来を求める親の会」。かれらの最初の活動は、小さなテントをたてて情報センターにし、放射線物質を防ぐための生活情報を発信することでした。何を食べてよ­くて、何がだめなのか。被ばくによって何が起るのか。その危険は、私たちのすぐ近くの原発からも、もたらされるのでは?彼らはまた、チェルノブイリ村の人々——とくにその子どもたちをほおっておくことができませんでした。被ばくした子どもの癌検診のためにと資金を送り、さらに村の子どもた­ちをシェーナウの森に招待しました。彼らはチェルノブイリの子どもたちに伝えたかったのです、「シェーナウは、あなたたちを忘れない。ずっとあなたたちの側にいる」と。それは、原子力と闘うことを意味していました。原子力のない未来を願う親たちの、小さな住民運動は、やがて電力革命を巻き起こし、ついにドイツの電力史を塗り替えます。これはそのシェーナウの人々の思いを綴ったドキュ­メンタリーです。

2/6  http://youtu.be/cpu8yJ-p2j0

2/6 あらすじ
シェーナウの電力網を握る「ラインフェルデン電力」。シェーナウにはこの発電所に頼る以外に、電力を得る手段が一つもありませんでした。「原子力のない未来を目指す親たちの会」のメンバーはこのモノポリ会社に、「脱原発」、「自然エネルギー発電への転換」そして「電力を消費すればするほど安くなる料金プラ­ンを見直すように」と訴えるのですが、冷たく門前払いされてしまいます。この巨大会社の関心は、とにかく安く発電し、それをできるだけ多く売りさばくことにしかなかったの­です。
「原子力と闘う——それは、国の巨大モノポリと闘うことなのだ・・・」
どうしようもない無力感が、彼らを襲います。しかしその先に湧いた怒りが、子どもを持つ親たちを動かしました。彼らは「原子力による電力をなるべくつかわない」という方法­でラインフェルデンに抵抗の意思を示そうと、町を挙げての節電キャンペーンを実施。たった一年で、街全体で10%の節電効果をたたき出します。この効果に力を得た彼らは、「シェーナウを自然エネルギーで生きる街にしよう」とさらなる夢を描きます。1991年。ラインフェルデン電力との独占契約の継続更新を4年後にひかえていたこの年、シェーナウの町議会は、ラインフェルデン電力から100,000マルクのお金と引­き換えに一つの提案を受けます。「4年後をまたずにいま、今後20年間の電力供給について早期の独占契約を結ばないか。」100,000マルク?——小さな街の議会は湧き­ました。それはしかし住民グループにとって「脅迫」以外の何者でもありませんでした。こんなお金で、シェーナウはまた原子力に依存する道を選ぶのか?彼らは必死に100,000マ­ルクをかき集め、それを全て議会に寄付し、早期契約に反対をとなえました。しかしたとえ早期契約の話が4年後に流れても、ラインフェルデン電力が独占企業である限り、4年後、街は結局また契約更新をするしかないのです。原子力エネルギーに頼り続­ける生き方はもうあり得ない、しかしラインフェルデン電力の他に一体誰がシェーナウに電力を供給できるというのだろう?彼らの出した答えは、「それなら、自分たちで電力網(グリッド)を買い取ってしまおう」というものでした。——原子力のない未来を願う親たちの、小さな住民運動は、やがて電力革命を巻き起こし、ついにドイツの電力史を塗り替えます。これはそのシェーナウの人々の思いを綴ったドキュ­­メンタリーの2/6です。