その土地がどの国のものだなどと決められるものだろうか。人間は長い歴史の中で戦いを繰り返し、領土=資源を奪い合ってきた。誰が一番最初に発見したとか、歴史をさかのぼり検証したところで、何の意味があるのだろう。どちらに軍配が上がっても戦いは繰り返される。「ここの土地は誰のために作ったんですか?」この大地を創造した神ならどう答えるか。。。「誰のためにでも何のためにでも無い。強いていうならば草や木やそこに暮らすすべての生きるもののために。」きっとこういう答えが返ってくると私は思う。
領有権を争うすべての土地が、接し合う国同士平和的に共有、あるいは世界共有財産として存在出来るようにならないものだろうか。地球上で一番平和な場所にならないものだろうか。人間の住むことのできない場所は、「人類が触ることのできない神聖な場所」としておくことはできないのだろうか。
佐渡島 合氣堂鍼灸養生院 の三節さんの記事
領土問題 http://sansetu.exblog.jp/9116374/
JUGEMテーマ:行政
ごめんなさい。うまく名前が入ってなかったでしょうか。
『はじめまして。
先日、私も同じことを考えていました。
『地球のもの』っていうカテゴリの土地。。。
みんなで大切にするという考えは、難しいのでしょうね。』
三節先生のところから来ました。
シャルル
お二人ともメーッセージありがとうございます。
様々な紛争やエネルギー問題や貧困、すべてこういう考え方を持ってすれば解決出来るのにと思っています。
人間ておかしなものですよね、もし宇宙からなにかが地球を襲ってきたら地球人として各国が一丸となるんでしょ。(一丸となったふりでしょうか?)常に敵対する一方を持ってしまうのが人間なのかな。根本的な問題は一人一人の心の中に有るような気がします。
ごぶさたです。TBしました。
日曜日、佐渡の海岸で佐渡の郷土芸能サミットがあり、初めて見る曲芸打ち的なかっこいい太鼓を見ました。それを子供たちがやったのですが、佐渡の各地の集落でも、そういったものが残っているところと、消えたところがあります。私たちの集落も一時途絶えていたのですが先輩たちが復活させてくれたので、「旅のもん」の私も仲間に入れてもらうことができました。
郷土芸能は大げさに言うと、「死守」するだけの価値があると思います。
はじめまして。
先日、私も同じことを考えていました。
『地球のもの』っていうカテゴリの土地。。。
みんなで大切にするという考えは、難しいのでしょうね。