庭を造ろう

裏山の桃の木にたくさん花が付いている。スモモの白い花も咲き始めた。ここに小さな畑を作り色々作ってみたけど日当りも悪く強風が吹く畑にはもうお手上げでしばらく放置していたらすっかり荒れてしまった。ちょっとした事がきっかけで此処に庭を造ろうと決めた。実は10年前にやりかけたのだけど、雑草と強風と猪と心ない横やりに負けて、すっかり意気消沈して止めてしまった。今は草刈機も自分で使える様に成ったし、チェンソーと、自分で運べる小さな耕耘機も手に入れた。さてさて、今日は試運転が出来るかな。よぉしがんばろう。

手紙

アメリカ北東部、ロードアイランド州プロビデンスから手紙が届いた。ピアノ弾きの若い友人とは、彼女が一時帰国した際まだ一度しか合っていないのだけど、帰国するための準備にもう一度アメリカに帰ってから何度かメールでやり取りをしていた。彼女のパソコンは日本語が入っていないようで、ローマ字でのやり取りは面倒なので手紙を書きますと言っていて、私もずいぶん楽しみに待っていた。

手提げの付いたままの紙袋の封筒や、茶紙に布のテープをトリミングした便せんが嬉しい。「久しぶりにえんぴつでものを書いていますが、結構握力を使いますね」と、多分私も手紙を書くとそう思うんだろうな。。お正月、寒中見舞いも過ぎさって、桜が咲こうとしているのに、いっこうに書けないでいるまっさらなハガキの束を見ながら思っている。少し落ち込んでいた気持ちが和らいだ。途中でもいい、始められない気持ちのままでもいい。うれしい便りをくれた友人知人に、そろそろ私も筆を持って手紙を書こう。

テテ・ド・ムアンヌ K?se T?te de moine

白菜のクリームシチューの残りをリゾットにした。パルメザンチーズが無かったので、もったいぶってちょびちょび頂いてた”テテ”が残り1cmを切って、少し固めになっていたのをきれいに削って花びらにしてふわっとリゾットにのせる。こんな風には食べないんだろうけど、薄いチーズの花びらがじわじわと溶け出して、見た目も味もなかなか良いわ。キリンさんが「今度日本に行くときはチーズ持って行こうか?」うん、嬉しいけど重いのが申し訳ないわねぇ。ラクレットもそろそろ食べたくなったけど、、と、チーズ専門店を見つけた。テテもラクレットもグルイエールも有るわ。ただ価格は400gで4,000円。倍ちょっとかな。でもさすがにテテの道具は売っていない。MIGROSで買っておいて良かった。「ああ、、ミグロ!」懐かしい響きだわ。MIGROSのネットショッピングぺ-ジを見つけた。んま!なかなか楽しい。スイス・ドイツ語の勉強には持ってこいかも。

* K?se→チーズ

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紋きり型の応用

「月落ち桜」(紋切り型 花之巻)でさしこ。細部が難しい。桜色で縫わないへそ曲がり。
紋きり型をミニディサービスの1月の手仕事に紹介してあげたら、とても好評だったらしい。最初ははさみだけで切れる簡単な型紙からはじめたのだけど、今は結構複雑なものも切っていて、台紙に貼ったり、2色重ねで切ったりと、あれこれ工夫してオリジナルの壁掛けにしているそうだ。担当のSさんに、いい素材なので今度は是を使って布に刺し子をすればどうかと提案する。薄い半紙かトレーシングペーパに柄を写し、仮止めのスプレー糊で布に接着。あとはその上を縫って行く。直接布に柄を写してもいいけれど、柔らかい生地の場合、紙を貼る事できれいに縫いやすくなる。縫い終わったら紙をそっと剥がせば出来上がり。
追記/紋切り型のリンクを、本家の「エクスプランテ」に変更しました。

がたがた・でこぼこにも味わいが有る

ミニ・ディサービスで少しずつ織って頂いた布をテーブルセンターにした。耳ががたがたしているのを別に織った布で隠してしまおうかと思ったが、何度も眺めていたら、がたがたの折り目も、でこぼこした耳も、先細りの長方形も隠さなくて良いと思った。そうそう、これでいいのだ。

3月の雪

ああ、雪。。しかも、重くて湿った雪がどっさどっさと天上から落ちてくる。此処の場所に根ざしたミツマタは、ここに咲くのは初めてで、えらい早い初夏のような陽気に2日ほど前に大きな花をほころばせた所だったのに、今日は風雪に晒されている。目の前を、ヤマガラが横切った。

日々のことより(月ごとの頁)

2003/3/9
 牡丹雪降る
2004/3/4 鳥殺し
2005/3/4 etsuko sawada-yamamoto 展示会の帰り大雪

と、必ず3月のこの時分には雪が降っている。

更紗

画像も大きく美しく、歴史や、染め方の技法、材料、道具まで紹介されている。片手に収まるほどの小さな布裂が、宝石の様にきらきらと輝く。いつか植物で染めた更紗を描きたいと思う。
     

尾崎翠の故郷

 

9号線の帰りしな(帰る途中の意)、尾崎翠資料館のある岩井温泉に立ち寄った。資料館は花屋旅館の使われていない旧館の入り口横の一部屋に有った。どう見ても、映画化に合わせた急ごしらえの感じがした。旅館のご主人に「尾崎翠さんと花屋旅館さんはどういうご関係ですか?」と伺うと、「町に頼まれて」という事だった。それより、この旅館の建築に興味が有って、中をくまなく見たかったのだが、つい言いそびれた。大正昭和のモダンな臭いがする。聞くとこの辺りは昭和初期に大火が有り、殆どの家が焼失したらしい。で、幸か不幸か、、(そりゃもちろん不幸なのだが)どのお家もそんな感じで作りもしっかりしている。温泉街と云う事もあり、もしかしたらこの辺りはほとんどが旅館か商家だったのかもしれない。古びた日本の温泉街とはちょっと違う家々をせっせとカメラに収めた。

<資料館と元岩井小学校校舎(明治25年建築)>
商店街の裏手の道に入るとこの小学校が有った。大火にも燃えなかったようで、和洋折衷のいい味を出している。翠の生まれる4年前に建設された小学校で、父は此処の主席教員だったそうだ。幼い翠はこの建物をどんな風に見ていたのだろう。立派な看板とは裏腹に、保存も手入れもされていないらしく内部は荒れていた。一部セットのような新しいベニヤの仕切りが見えたのは、きっと映画撮影時の残骸だろうと思われる。裏手に回ると一部屋根が朽ちて落ちそうになっている。早く手を入れないと厄介なのに。始めっからココを資料館にするべきでしょと思うのだが。。。